元教員 群馬 こどもの遊び応援隊 山田ユキのブログ

群馬県太田市に自然の遊び場を創ろうと活動しています。森のようちえん じらんぼう立ち上げ、週に1回自然の中で遊ぶことを広めています。

普通がいちばん難しい『NHKスペシャル 発達障害~解明される未知の世界~』

NHKの番組のまとめを、バババッと書き連ねてみました。

 

小中学生の15人に1人が発達障害の可能性

 

2012年  3346人

2016年 7497人

2倍以上受診者が増えている。

長いところでは受診に1年待ちのところもある

 

大人の発達障害の診断が下りた方が増えて、自分の感じてきた違和感を正確に伝えられるようになり、新たな特徴が見えてきた。

 

①感覚過敏

 

聴覚の過敏がコミュニケーション障害になる。

 

『見え方』『聞こえ方』などが独特で

明るいところにいると、外全体が白っぽく見えて目が痛いなど生活に支障が出ることもある。

 

 生まれつきの脳の特性

 ASD自閉スペクトラム症)…コミュニケーションが苦手、こだわりが強い

ADHD(注意欠如・多動症)…不注意、落ち着きがない

LD(学習障害)…読み書きが苦手、計算が苦手

 

ASD自閉症アスペルガーなどが含まれる。

ゲストの栗原類くんは当時分類がなく、ASDADHDの間かなと自己分析してました。

 

大阪大学などの研究者が22人から聞き取り調査をし、

世界がより眩しく見え、光が痛い

動くものが黒く見える

光の粒が見える人もいた。

 

自閉スペクトラムの多くに感覚過敏がある。

 

聴覚の過敏な方がつらい場所、それはスーパーマーケット。

冷蔵庫の音や蛍光灯の音、会話、カートの音、BGMなど…

 

小さい音も大きく聞こえ、スーパーの中の音はパチンコ店内よりうるさく聞こえてきて疲れてしまう

 

教室内で教師が普通に話していてもものすごく大きく聞こえていたり

少し指導しているつもりが、ものすごく怒られていると感じることも。

 

カフェの中で会話をすることも、すべての音が区別できず混ざって聞こえてしまい、相手の声が紛れてしまって聞き取れない

 

多くの人は注目したい音以外は『慣れ』の機能が脳内で働き、脳があれは不要な音だと判断して聞こえなくさせている。

 

自閉スペクトラム症の人にはすべてが新しい音で、脳が混乱状態に陥っている

 

学校のイスのガタッという突発的な音、卒業式のよびかけなどは、耳をドリルでやられているような痛さだという。

 

五感のどの感覚が過敏か、人により違い、また過敏ではなく鈍感な場合もある

 

 

感覚過敏について、思い当たる出来事があった。

息子が幼稚園に行かなくなり、ある方から『ひといちばい敏感な子』

HSC…The  Highly  Sensitive  Child 

という特性を教えてもらった。

HSCに至っては、子ども全体の5人に1人だという調査結果もある。

 

この考え方は、過敏なことが否定的ではなく、生物界で重要な『微妙な環境の変化に気づき、危険を回避することができる』から、その特性は進化の過程で途絶えずに受け継がれてきたのだろうと述べています。

 

※明橋先生は、発達障害と敏感な子は共通するところもあるが特性は全く違うと述べています。

 

参考…『ひといちばい敏感な子』

著者 エレイン・N・アーロン

訳者 明橋大二

 


 

 

 

 ②脳の特徴

ADHDやLD 忘れ物や落ち着きがない理由

 

まずADHD。最新の研究で、『順序立てて行動する』『喜びや満足を得るために待つ』という機能をもつ脳の部位が弱いことがわかってきた。

 

持ち物を片付けられず、捨てるものと取っておくものの見分けがつかない。だらしないと見られがちだが、本人もどうしようもなく困っている

 

LD

読むことが困難な原因も最近の研究で明らかになりつつある。

 

『りんご』→目→脳 

りんごという文字情報が目を通して脳に送られると、まずは文字の形が識別される。

 

脳→脳のもつ辞書と照らし合わせ→つづりを照合→読み方と意味を照合『ringo』、『🍎』

 

つづりの照合に時間がかかるのが学習障害

3文字を超える言葉はなかなか認識できない。

 

大きな大きなルーペで教科書を見ているような感じで、どこで区切るのかわからず、一字一字を目で追って声に出していくことになる。

 

焦りが余計に目をぼやけさせ、ピントが合いにくくなって読めなくなる。

 

 専門家の先生は、こう話していた。

発達障害に限らず、誰にでも苦手な部分はある。ものが片付けられないとか、文字をどこで切ったらいいかわからないときなど。

問題なのはそれがどのくらいの程度なのか、生活に支障があるのかということ。

本人にそういう特徴が強くても、周りが全面的に受け入れてくれる生活環境なら問題にならない。

たとえば、字が読めないということをまわりがあまり気にしない環境だったら、その人は悩まなくて済む。~

 

これって…!

 

学習を一方的に押し付けない、教師も授業もテストもないサドベリーでは、この環境じゃないか!

 

6歳になったらひらがなを覚える、って、誰が決めたの?3歳になったらおむつをとって箸を使わなければいけないって決められてるようなものだと、私は思う。

 

3歳はいつかできるようになるよ、ってアドバイスを受けるのに、6歳は言語道断?読めないと日常生活で恥をかかされる。

 

読めるようになりたい!と思ったときがその人にとって最適な時期、なんじゃないのかな。

 

 サドベリーの話題は私の頭の中で浮かんできただけです(笑)

 

テレビに話を戻し、専門家の先生はこう続けています。

~どうしても多数派の人たちは自分達が持っている価値観を優位に見てしまうところがある。自分達は苦もなくできることを、それが苦手な少数な人のことを下に見てしまう。

あまり人と関わらない仕事ならばいいが、そうではないと非常に苦しい思いをする。本人と環境との関係による部分も大きい。~

 

 ③深刻な二次被害

イギリスの調査では、ASD自閉スペクトラム症)の最大70%がうつになっている、という報告もある。

 

食品工場に勤めたある女性は、工場内の騒音や塩素の臭いなどに耐えられず退職。

事務のお仕事でも、日常の何気ない会話が苦手なため人間関係がうまく築けずに退職。

周囲から求められる『普通』という基準が当事者を追い詰め、うつや不安障害を抱えてしまう。

 

普通の相づち

普通のうなずき

普通のジェスチャー

普通の目線 

普通になっているように指令を出す自分と、大丈夫かなと自分自身を俯瞰して見る自分とで、毎日へとへとになってしまう。 

 

イギリスのあるショッピングモールでは、感覚過敏の人向けに『クワイエット・アワー』が土曜日の一時間だけ設定されている。

過度な照明を落とし、音楽も止め、静かで穏やかな環境のもとに買い物を楽しめるような工夫をこらした。

結果、買い物客が一割増加。広がりを見せている。

 

また、アメリカでは発達障害の人の特性に着目して、積極的に雇用する企業が目立つ。

 

マイクロソフト社は2年間で29人の発達障害の人を採用した。緻密さを求める部署に配置して、細部へのこだわりの強い人材が活躍している。

また、発達障害の人をIT企業やコンサルタント会社に斡旋する企業もあらわれ、世界15ヵ国、およそ1000人を斡旋していた。

 

④世界中の企業が、≪他人と違うこと≫を重要視している。

 

日本の企業が発達障害ASD自閉スペクトラム症)の新卒を雇った取り組みが紹介された。

『観葉植物に適当に水をやっといて』と頼んだら、床が水浸しになるまで延々続けていたことも。

曖昧な表現ではなく、○杯あげると明確な指示を出すよう改善。

その人には『数字にこだわりがある』という特性があった。

経理の仕事についてもらい、書類のミスを見抜く。その正確さは社内で高い評価を得ている。

 

採用から4年後、経理の仕事だけでなく他の仕事も頼むようになる。

すると、今までなかったミスをするようになったり、執拗に自分を攻める発言が目立つようになった。

「あーなんでこんなことしてしまったんだー!!!」「わー!!」と外で大きな声を出していたり。

臨床心理士に相談し、苦手は努力でカバーはできない、業務を拡大しないのがいいとアドバイスを受けて元の仕事量に戻すと、再び穏やかな性格に戻っていった。

 

仮に普通の人の2倍の正確さがあるとしたら、普通の人と同じ時間働くと疲れてしまうので、2分の1の時間にするなり、働く総量は変わらないというのが望ましい。

 

 私には、ユニバーサル社会 という言葉が頭に浮かんだ。

 ユニバーサル社会…
意味 年齢、性別、障害、文化などの違いにかかわりなく、だれもが地域社会の一員として支え合うなかで安心して暮らし、一人ひとりが持てる力を発揮して元気に活動できる社会
 兵庫県のホームページより

 

バリアフリーを広めることが目的ではない。

体が不自由な人だけでなく、誰もが暮らしやすい社会を目指す。

ある外国の方が日本の学校を覗いてみたときに、車イスの子どもや障害のある子どもたちが全然いないことにびっくりしたそうだ。どこにいるんだ?!と。

小さい頃から一緒に生活をしていたら、道端で同じように困っている人がいたらなんの躊躇もなく手助けができるかもしれない。

むしろ離して生活することで、自分達とは違うんだ、という裏のメッセージを与えている可能性もある。

それは身体障害者に限らず、高齢者や小さい子どもをもつ親、外国人も同じ。

みんなで支え合いながら共に生きようという言葉である。

 

教室の中でみんなと違うのは誰だ、と間違い探しをして、みんなと一緒が安心、という空気を変えなければいけないときがきている。

 

世界は≪他人と違うこと≫を求めているのだから