元教員 群馬 こどもの遊び応援隊 山田ユキのブログ

群馬県太田市に自然の遊び場を創ろうと活動しています。森のようちえん じらんぼう立ち上げ、週に1回自然の中で遊ぶことを広めています。

学校って必要?みんなと同じが安心って、それでいいの?って話。

体調不良で鍼ハリに行ってきた。

 

そこの先生は持論を展開してくる方で、

私は静かに施術してもらいたいんだけど相槌うたないといけない雰囲気。

でも腕は確かなので久しぶりに行ってきた。

 

前回行ったときは私が仕事を辞める前。

『辞めたらもったいない、仕事はつらいもんだ』という持論を展開されていたので、辞めたら行きにくかった…。

 

夫もおなじところに通っているので、私が辞めたことは伝わっていた。

 

何言われるかな~

夫もそう思っていたみたい。鍼から帰ったら興味津々に聞いてきた。

 

フリースクールは立ち上げたんかい?」と先生に聞かれた。

 

私は「森のようちえんは立ち上げました」と伝えた。

 

あんまり話したい気分じゃないんだけど…と思いながら。

 

なんやかんや返事をしていくうちに、議論はヒートアップ。

「学校なんてなくてもいいんじゃないかと思ってる。けど親が仕事してる間、預かってほしいからそういう場が欲しいだけなんじゃないか。」

元教員のくせにこんなこと言ってきちゃった。

 

宿題が毎日たくさん出て、泣きながらやる話を複数聞いて。

英語だプログラミングだ、あれもこれも学校で教えるべきだって話をそこかしこで見て。

 

ぜーんぶ学校。

ぜーんぶ学校で教えればみんな覚えてるもんだと思ってる。

 

学校でやったって、覚えてる子は覚えてるし、忘れる子は忘れるよ。

 

よかれと思って、先回りして全部教えても、そこに必要性ないと興味ないと思うんだよね。

 

たとえば誰かに「これからは中国語大事だよ!習っといた方がいいよ!」

 

と言われて、でも自分は興味ないまま授業受けたとして、頭に入るかな。身が入るかな。

 

大事なのはわかるけど、それが全員に必要だかどうだかわからない。

 

いろんなことを吸収できるときに、興味のないこと詰め込まれて、無駄な時間過ごすのってもったいないって思っちゃう。

 

無駄かどうかは本人が決めることなんだろうけど。

 

必要最低限の知識を学ぶのは意味があると思う、って鍼の先生は話してた。

 

「確かに今はインターネットでいろいろ自分で学べるし、僕たち3兄弟も家で勉強できたから、なんで学校行かないといけないの?って親に聞いてた。けど集団にいないと学べないことがあるって親に言われて竹ボウキでケツ叩かれながら学校行ってた」

 

と先生。

 

集団ね。同年齢の集団で、みんな一斉におなじことを学んで習得する。

みんなと一緒に習得できない子は目立ってしまう。

 

そんな目立ち方はだれだって嫌だし、みんなと一緒がいいと思ってしまう。

大多数の方に入っていて、安心していたい。

 

みんなと同じだと、安心する。

 

みんなと違う子は、嫌な目立ちかたをしてしまう。

 

私のいいなと思っているサドベリースクールは、異年齢集団。

4歳くらいから18歳くらいまでがごっちゃに集う。

 

学校から何かを教えられることもないので、文字が書けない10歳がいてもなんらおかしいことはない。

そこには、なんとか障害なんてレッテルを貼られない。まだ、文字に興味がないだけ。

 

必要に迫られて、自分から学んでいく。

 

遊びの延長線上に学びがある。

 

遊びと学びを分けるからそういう言い回しになるけど、学び自体も遊びと捉える考え方もある。

 

林修先生も、勉強は贅沢だと話していた。

やりたくないならやらなければいいと。

 

徳島県のTOECトエックを紹介する記事がFacebookでたくさんシェアされていた。

小学校の期間をトエックという場で遊び尽くして、普通の中学校に入るとどうなるか?という内容。

 

教師と呼ばれる人からみんなで一斉に学問を教わる、その事が新鮮で楽しくて!中学校に入ってから勉強やりだしたのに、トップクラスになる人が多数いると。

 

学びが楽しいって、素敵だよなぁ

やらされてない。自分の意思で学んでいく。

 

鍼の先生は「英語」推し。

小さいときから耳を慣らしておかないとあとで困ると。

 

息子は今スイミングに通っている。

それも、行きたくないと言い張るので辞めようとした矢先、再びやりたくなったようで辞めずにいる。

 

スイミング教室に退会届出したのに。

 

スイミングを始めたときは親の意思だった。

水が大好きだし、寒い日にも水で遊べるからいいなぁと。

 

でもある程度意思が出てきた4歳の今、幼稚園行かない!の、意思は固く退園。

スイミングも行かない!と言っていたので尊重する気でいた。

 

親のエゴ?ではじめたスイミングだし。

 

いろいろな体験をさせてあげるのも親の役目かな、と思う。

英語教室を体験してみるのもありだと思うし、他の習い事を体験してみるのもいい。

 

「やらせる」という形でないのなら。

 

鍼の先生は、こうも言っていた。

 

「絶対60歳まで働けると思っていた会社がつぶれて、再就職のときに『大卒』の壁にぶつかった。10年事務仕事やって来た人が再就職しようと思っていたら、想像に反して2、3件しか募集がなかった。そんな思いをしてる親たちは、仕事の幅を狭めることにならないようにと早期教育してるのが多い」と。

 

親の思いを子に託して、親の操り人形のようにされるなら、子供は被害者だなと思った。

 

親がプロ野球選手になれなかったから、その思いを子に託してみっちり野球漬けの日々にする。

 

その子本人が望んでいればそれでいい。

意思は無視して親の思いだけでやっていると、子どもの人権はまるで無視されてるなーと思う。

 

それで成功しているオリンピック選手もいるだろうから、私個人の考えなだけであってその方たちを否定するつもりはない。

 

子どもには子どもの人生がある。

親はそれを応援するしかできないんだよなぁって思うのであります。

 

まだ親歴4年のペーペーですが。